#1 アーサーの右目から涙が溢れる
2019年公開映画『ジョーカー~JOKER』分析
Joker - 10 Minute Preview - Warner Bros. UK
自分がなぜ苦しいのか、なぜ泣いているのか
知らずに苦しんでいるアーサー
このシーンはシナリオにはありません。シナリオでは冒頭は、男の笑い声が聞こえるだけになっています。
メイクをしながら笑顔をつくると右目から涙が溢れるこのシーンの意味ですが、アーサーの心はずっと泣いてきて、こうしてふと涙が溢れるのはアーサーにとっては日常茶飯事なのでしょう。ずっと苦しいけれど、なぜ自分がつらいのか、本当の原因は知りません。
これを言うと、「自分のことがわからないの?」と言う方がいらっしゃいますが、自分のことって、わからないものです。だから問題を解決するために精神分析など自分を知るための手段をつかうわけです。人は、自分のことって本当にわからないので。
このシーンでは、苦しい人生を生きるしかないジョーカーを表しています。
涙が流れたあと、アーサーは無理に笑おうとしますが、これはアーサーが無理に笑って生きているということを示しています。
アーサーの心は怒りと悲しみではちきれそうになっていますが、自分でも何に怒っているのかわからないので、求められるまま笑っているしかありません。
でも邪悪ではありません。むしろ純粋です。瞳がきれいです。
そして苦しくて、どうしていいかわからない状態です。
だから、ふと、涙が溢れます。
アーサーの母親のペニー・フレックは自己愛性パーソナリティー障害でしたので、ペニーにそのつもりがなくても子供は精神的虐待を受けて育ちます。
アーサーのような毒親育ちは、もっと意地悪になってもいいはずです。でもアーサーはぎりぎり踏みとどまっている状態です。いい人で、笑顔でいようと最善の努力をしていますが、それを誰も気がついていません。
このシーンで、涙が流れるのが右頬で、その意味を考える人もいらっしゃいますが、欧米の方たちは本を左から右へ読むので、映画の冒頭シーンでは、向かって右を向くしかなかったと思います。ここでジョーカーが左を向いたら、ストーリーを推し進める力がなくなって、見ている人が見続ける気をなくすのではないかと。
わざわざこの涙を映画の最初のシーンにもってきたのは、
『これは薄っぺらのヒーローものではありません。バットマンのスピンオフではありません。登場人物の内面に深く入っていくのでついてきてください』というメッセージだと思われます。
バックに流れるテレビのニュース音声は、前回書いたとおり、ゴッサムシティがいかに荒れているかを説明して伏線を張っています。