#46 階段のダンス
2019年公開映画『ジョーカー~JOKER』分析
Stairs dance | Joker [UltraHD, HDR]
廊下では後ろ姿しか見えません。
エレベーターに乗った瞬間、アーサーがこちらを向いて、完全なジョーカーのメイクが見えます。
長い階段を、踊りながら降りてきます。
まるで舞台中央の大階段から登場する役者さんのようです。
アーサーとしては、人生最後の晴れ舞台に向かうところです。
でも途中で刑事が二人現れて、脱兎のごとく逃げだします。
監督は、どこまでも、アーサーにカッコよく決め切ることを許さないようです。
タクシーに激突しながら必死に逃げて、せっかくのメイクも台無しだし、衣装がダメになるんじゃないかと心配になりますが、そこは気にするところではないですね。
地下鉄に乗ると、中はピエロの仮面をつけた乗客ばかりで、アーサーは追ってきた刑事たちに一泡吹かせることができました。
刑事さんたちは何も悪くないのですが、一人殺してしまうし、まるで悪役みたいにやっつけられます。
ここはもしかしたら、初めて運がアーサーに味方した出来事なのかもしれません。
いままで常に不運だったアーサーです。それが、刑事たちに追いかけられて逃げおおせるなんて、奇跡です。
あるいは、アーサーが運命の意地悪からはじめて逃げおおせたと考えることもできます。
ゆうゆうと歩いて駅を出てくるアーサーの左目から、涙が流れています。
これはシナリオにはありません。シナリオでは、アーサーは雑踏の中に消えることになっています。
この涙の意味は?
この涙は人によってかなり解釈が違うところだと思います。
わたしの解釈はこうです。
人生の初めからずっとアーサーの心は泣いていて、それが映画の初めに右目から涙が流れるシーンで表されていました。
人を殺したりしたことでアーサーは変わることができましたが、決して幸せになったわけではなく、行きつくところまで行くしかない状態です。幸せになりたかったのに、それはもう無理になってしまった。悲しいです。
本当は、こんなことをしたかったのではなかった。でも、もう、どうしようもない。
今の悲しみは、映画のはじめの悲しみとは違う悲しみです。初めは『訳のわからない悲しみ』で、今は『わかっていてもどうしようもない悲しみ』とでも言いましょうか。
だから涙を流している目がちがう演出がされています。